平成25年度第1回 東京都地域中小企業応援ファンド助成対象事業
事業名称「手拭づくり文化普及向上による伝統工芸活性化」
サイト運営:東京和晒株式会社&てぬクリ実行委員会
平成25年度第1回 東京都地域中小企業応援ファンド助成対象事業
事業名称「手拭づくり文化普及向上による伝統工芸活性化」
サイト運営:東京和晒株式会社&てぬクリ実行委員会
写真 | タイトル | 管理番号 | 分類 | 年代 | 技法 | 特徴 |
---|---|---|---|---|---|---|
松島みやげ | 617 |
お土産手ぬぐい |
昭和中期(21~40年) |
捺染 |
五大堂のみえる松島湾風景。 | |
真岡鐵道と機関車 | 616 |
お土産手ぬぐい |
昭和後期(31~64年) |
注染差し分け |
真岡鐵道の路線図の上を機関車が走る。山並み、桜の花の風景。 | |
松島や | 615 |
お土産手ぬぐい |
昭和後期(31~64年) |
注染差し分け |
松島やあゝ松島や松島や の句。五大堂風景。豆絞り。 | |
伊香保温泉湯花染め | 610 |
お土産手ぬぐい |
昭和前期(1~20年) |
引染め その他 |
「湯の花染め」とある。本物の湯の花によるかは不明だが、表裏から引き染めされている。 | |
浅虫温泉 | 609 |
お土産手ぬぐい |
昭和中期(21~40年) |
注染差し分け |
水着姿の美人二人。海辺の風景。温泉マーク。 | |
お吉とハリス | 607 |
お土産手ぬぐい |
昭和後期(31~64年) |
注染細川 |
お吉、聖天、黒船、下田条約、ハリスの図。「伊豆の下田に長居はおよし縞の財布も軽くなる」の詞。 | |
伊豆大島 あんこと三原山 | 606 |
お土産手ぬぐい |
昭和後期(31~64年) |
注染細川 |
地染まり白あげで頭上に桶を載せたあんこ、噴煙をあげる三原山。伊豆大島の文字を赤い椿が飾る。 | |
伊香保温泉 | 608 |
お土産手ぬぐい |
昭和前期(1~20年) |
注染差し分け |
美人入浴図。上端は湯花染め風の色。紅葉とともに、流水をかたどった「いかほ」の文字を散らす。文字絵意匠。 | |
高野山参拝記念 | 605 |
お土産手ぬぐい |
昭和中期(21~40年) |
注染細川 |
独鈷、雲紋、高野山の東塔、祇園橋の上の弁慶と牛若丸。 | |
名物白根大凧合戦 | 604 |
お土産手ぬぐい |
昭和前期(1~20年) |
注染細川 |
武者絵の大凧の対決。新潟の白根大凧合戦の風景。 | |
彦根城 | 603 |
お土産手ぬぐい |
昭和後期(31~64年) |
注染差し分け |
彦根城の左和口多聞櫓の風景。 | |
オリーブの小豆島 二十四の瞳 平和の群像 | 602 |
お土産手ぬぐい |
昭和後期(31~64年) |
注染差し分け |
小豆島の観光記念。『二十四の瞳』にちなむ平和の群像の図。 | |
熊野詣 | 601 |
お土産手ぬぐい |
昭和前期(1~20年) |
注染差し分け |
沖の鯨たちも熊野詣にやってくるというユーモラスな図。「比佐」の印があり、昭和初期に挿絵や戯画で一世を風靡した画家、田中比佐良の意匠と思われる。 | |
もおか木綿ふるさと踊り | 596 |
お土産手ぬぐい |
昭和中期(21~40年) |
注染差し分け |
真岡は木綿布の産地。糸車で糸を紡ぐ女性。上下に市松模様と縦縞模様。 | |
本場伊那節 | 595 |
お土産手ぬぐい |
昭和後期(31~64年) |
注染差し分け |
中央アルプスをのぞむ、伊那谷の風景。流水。踊る女性たちのシルエット。 | |
弘前観桜会 | 594 |
お土産手ぬぐい |
昭和中期(21~40年) |
注染差し分け |
弘前城と橋、桜満開の風景。 昭和36年からは弘前桜祭の呼称となる。 | |
山中温泉 湯の花染 | 593 |
お土産手ぬぐい |
昭和中期(21~40年) |
引染め |
芦に鷺。文字の黄土色は湯ノ花染め風の色であるが、染料による引き染め。本物の湯の花では、可なり染めを重ねないと、このような色にはならない。 | |
常在戦場 | 592 |
お土産手ぬぐい |
昭和後期(31~64年) |
注染差し分け |
上は浅黄色、下は柿茶に斜め一崩し。「常在戦場」は長岡藩の藩是。長岡ではこの言葉を大変誇りに思っている。長岡大和での手拭展の際に宣伝用に制作したもの。 | |
城崎温泉の松葉蟹 | 600 |
お土産手ぬぐい |
昭和中期(21~40年) |
注染細川 |
城崎温泉の土産手ぬぐい。簡潔だがぼかしをくわえた配色もよく、美しく仕上がっている。 | |
名古屋テレビ塔 | 599 |
お土産手ぬぐい |
昭和中期(21~40年) |
注染差し分け |
昭和29年竣工の名古屋テレビ塔は、日本初のテレビタワー。開業当時は、国内でもっとも高い建造物だった。 |